僕がマラソン大会を作るわけ

僕は今の仕事に関わるようになってから随分長くなりますが、大会を作るということは前からやりたいことでした。

自分が参加する側で数多くの大会に参加してきましたが、実際にそれを作るプロデュース側になるというのは、参加する多くの方に少なからず影響を与えることになるわけで、自分が表現したいことをぶつける機会にもなるというわけです。

大会ではありませんでしたが、2016年に富山で開催した300人規模の30KMイベントを盛大に行った際のオペレーションも激しく緊張しましたが、300人の方に自分が伝えたい怪我をしないフォームの重要性とトレーニングレクチャーをできた時には感無量だったのですが、一方で人的な課題や私の甘さもあって施設側とのトラブルにより次回以降の継続実施が困難となってしまいました。

私も自分なりの正義もあり不服に感じる部分もありましたが、相手もその立場と管理する責任もあり、相手を理解するという点では身勝手気回りなかったのかもしれないと今なら思います。継続的な実施できて初めて意味があるし、その継続性は主催する側やランナーだけがよければいいものではないと強く感じました。

また、海外の大会にも多く参加する中で「走ることはフィットネス」というスポーツを楽しむという数アクティビティーの一つであり、大会というイベントを楽しむために走っているという方が大半であることがよくわかりました。もちろん真剣に走ることや頑張ることを否定するものではなく、ランニングも多様性を意識して多くの方に関心を持ってもらうようになにか工夫をしていくことが大事ではないかと考えるようになりました。

陸上業界ではメジャー的認識があるにも関わらず国内では利益を生み出すようなコンテンツとしては成熟しておらず、競技場を使う優先度をお金で測るならはるかにサッカー場として活用したほうが有意義なくらいの差があり、そうした議論から織田Fの取り壊し論が勃発するのです。

「俺たちの活動の場を減らすな!」

いちファンとしてそうした声をあげるのは確かなんですが、どんな綺麗事言ってもお金ないと解決できないことなんていくらでもあります。お金のためにやってるんじゃないという綺麗事でこのスポーツや陸上競技マラソンは成り立ちすぎていて商業的側面で興行することにまだまだ世間から理解を得れない状態です。

実際に私が主催したイベントでも「コスパが悪い」「この規模では高いかな?」など書かれていました。

私は行政主導で行われる大会の収支報告をみたことがないので確かなことは言えませんが、おおよそ予算を超えることが多いと思います。それが悪いとは言わないけど、予算と売上のバランスを取らなくても責任が及ばないプランと民間主導でマイナスは補助金でもない限り作れないという立場では当然参加費も異なる。断然民間運営の方が高くなります。

赤字が許されないスポーツといえば球団経営ではないでしょうか?

持っている企業自体の経営がうまくいけば保持は可能でしょうけど、赤字だから補助金でなんていかないでしょうし、選手も球団経営が自分の生活に直結するのはわかるから当然必死だし、前向きにファンサービスするわけです。

「いや、俺らプロじゃなくてただのファンなんだけど」

それはそうです。でもその地域の土地財産を共有させてもらい、開催へのリスクやデメリットも抱えて皆さんをお迎えするのは皆さんに経済面も含めて期待しているからだと思っています。

我々ランナーが好意的な対応でその土地や郷土を感じることが主催する側としては何より経験して欲しいことだと小さいながら地方のマラソン大会を運営した身としては思いました。幸いにもレース前に動画を通じて多くの発信を行なったことで意識してくださった方が多く大変嬉しく思うのですが、
お土産を購入して帰ってくださったり、宿泊してレースに参加してくださったり、本当に多くの体験をこんな小さな町でしてくださり嬉しく思いました。

主催した身としては正直お礼しきれてない気もするし、なにかもっとできたのではないかと強く感じる部分がある。でもそう感じるということは、皆さんが好意的に今回の大会を捉えてくださり、地域に対して善意を行なってくださったと考えているからだと思うのです。

だから私はまたやりたいし皆さんの期待に答える活動したい

そう思うわけです。僕は、別に偽善者になるつもりはないです。そうした感動から自分が受ける無形なのか有形なのか形はわかりませんが「利害がある」ということが大事だと思っています。ダメならなぜと考え、良ければそれをより高い貢献で返す気持ちと行動を作れるか考える。

行政主導になると「害のないもの」を保守的に求めてしまいすぎる場合があるかもしれない。だから無難に定例イベントとして無理なく開催されたら終始問題やトラブルは目を瞑ってしまうかもしれない。でも、一部の地域が愛情をこめて皆さんのために確固たる意思で開催に向けて努力することもあるんです。

そんな愛情が僕の地元にもあると思っている。伊達に40回も開催してきたわけじゃない地元のマラソン大会を20ヵ国以上参加してきたマラソンマイスター的な存在の私の経験が活きる機会になる。でもそうした保守的な活動かもしくは考えが及ばないことで従来以上のことができないのなら、何ができるか創造できる知恵と経験を僕は出したいと思っています。

だから主催するんです。

空想論はだれも感動しないし聞いてくれない。

「人は体験したことしか感動しない。」

その言葉の重みを作り、自己実現するためにも、僕の力の及ぶ範囲で小さな成功と経験を獲得し、それを行政主導の企画に落とし込んで行ければ幸いわいだし、そうした中から私自身のメリットや利害を追求させてもらいます。

僕は偽善をする気はないです

成したものにそれなりの代価とやりがいを求めてこれかもがんばります。

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